なぜ作品や現象は、時間や空間を超えて、人のなかに何かを呼び起こし続けるのか。自然を前にしたときや音楽に触れたとき、意味や知識だけでは捉えきれない何かを感じ取ることがある。視覚作品において、こうした感覚は何によって生じるのだろうか。作品は主題や作家の意図によって理解される一方で、質感や色彩、構造そのものも感覚的に受け取られ、「流れそう」「崩れそう」「増えそう」「止まりそう」「続きそう」といった状態の変化や方向性を感じることがある。制作を続けるなかで、状態の変化や方向性を感じさせるものが何なのかを考えるようになり、その働きを「推進力」と呼んでいる。推進力が個々の要素やそれらの関係からどのように現れ、鑑賞者の知覚とどのように関わり合うのか、制作と展示の往復を通して探っている。この問いの背景には、生物や地形、歴史、文化など、異なる領域において複数の要素が長期的に関係しながら形成される過程への関心がある。作品もまた、複数の要素が関係しながら形成され、人の知覚のなかで展開し続ける存在になりうるのではないか。こうした関心から、個々の作品や展示そのものを一つの作品として制作するとともに、この問いを探る取り組みを長期的なプロジェクトとして捉えている。
素材としての油彩は制作上の制限や重力、流動性の影響を受け、作家の意図だけでは完全に制御できない。重ねることで生じる厚みや滲み、沈み込みなどは画面に多様な変化をもたらす。そのなかから「流れそう」「崩れそう」といった印象を受け、その成り立ちを考えるため、質感・色彩をそれぞれ一つの要素として捉え、それらの関係に着目するようになった。この方法を考える一つの着想となったのが音楽である。音楽では、音程・リズム・ハーモニーといった要素が相互に関係することで、緊張や緩和、運動感が生じる。そのため、複雑な画面をそのまま扱うのではなく、一つの要素を切り離し、その変化やバリエーションを作品として制作する。さらに複数の要素を組み合わせ、そこで生じた関係をもとに再び一つの要素を取り出す。こうした要素の分離と組み合わせを繰り返しながら、状態の変化や方向性がどのように現れるのかを探っている。
また、展示において作品を単独のものとして捉えるのではなく、作品・配置・空間をそれぞれ異なる要素として捉え、それらの関係を変化させながら、作品の見え方や構成の働きを観察している。しかし実際の展示空間では、空間構造や動線など複数の条件が重なるため、作品配置や空間構成がどのように知覚に作用するのかは捉えにくい。そのため、扱う条件をできるだけ限定した展示を行い、特定のテーマや会場固有の文脈から距離を取り、作品同士の関係や配置による構成の働きに焦点を当てている。そこで見えてきたことをもとに、会場固有の条件を含めた環境のなかで、作品を構成する要素やそれらの関係が、鑑賞者の知覚とどのように関わり合うのかを探っている。
作品を構成する要素とその関係について考えることは、作品が異なる時間や環境のなかで、どのように存在し続けるのかという問いにもつながっている。作品は制作によって完成した後も、その意味や作用が固定されるものではなく、作家の生を超えて存在し、異なる時間や環境、鑑賞者との新たな関係のなかで、人の中に何かを呼び起こしうる。しかし、作品がどのようにそのような存在となりうるかは、未だ十分に明らかではない。制作と展示を往復しながら、この問いを継続して探っていきたい。
参考文献
「美術と視覚 美の創造の心理学 上下」アルンハイム著、波多野完治・関計雄訳、美術出版社
2026.08