作品は「質感・色彩・線」の要素によって構成されている。各要素のバリエーションやグラデーションが印象に変化を生み、相互に作用して表現に複雑さや多様さが生まれる。これら一つ一つの変化を「要素」と捉え、それを深く理解し発展させることが制作の根幹となっている。視覚要素の構造を探求することで、普遍的な表現を持つ作品の可能性を模索している。
具体的な作品制作
現在、作品制作は主に二つの方法で行っている。一つ目は過去の作品の要素を分解・再構築しながら応用して制作する方法である。この方法は各要素のバリエーションやグラデーションの検証、要素同士の相互関係の研究が目的で、小品の制作が多い。二つ目は、直感的な要素の積み重ねを出発点に、多くの要素を構成する方法である。まずは構成を意識せず絵具を重ねる、もしくはあらかじめ法則を決め(例:直線を描き、端に達したら右に曲げるなど)、そのルールに従って構図の土台を作り、さらに要素を重ねていく。この方法は要素の相互関係を総合的に探求することを目的としており、大作に発展することが多い。これらの方法はどちらも作品を構成する要素とその関係性を重視しており、その姿勢は題にも表れている。題は視覚的イメージではなく、意識的に使った色や形、あるいは構成要素の組み合わせを数式や言語で示している。これは制作過程を通して作品の表現を支える要素の関係性や構造を明示し、作品の主体性が作家の意図よりも素材と構造の関係性に存在することを反映している。
作品の要素という考え方
「質感・色彩・線」は、作品を構成する基本的な要素である。質感は絵具の種類や厚み、道具による陰影の違いが表れる。色彩は色の組み合わせや絵具の透明度の違いによって光を透過する層と遮る層に奥行きの変化が生まれる。線は変化(太さ・長さ・直線・曲線・密度)の違いが画面の印象を変える。カンディンスキーも 「芸術の要素とは、作品を構成する基本的な素材であり、すべての芸術において異なるものである。まず他の要素の中から、これがなければ芸術が成り立たない基本要素を区別しなければならない。※1」 と述べており、視覚芸術において要素の確立が重要であることを示唆している。
美術とクラシック音楽の比較
音楽を学んだ経験からクラシック音楽もまた、音程・リズム・ハーモニーの要素の組み合わせによって成立し、同じ旋律でもリズムが変われば軽快にも重厚にも響く。つまり要素の構成そのものが表現の核となっている。美術においても、要素の組み合わせは時代や文化を超えて感覚に作用しうると考えている。演奏者は作曲家の楽譜に忠実であっても自然と表現がにじみ出るように、美術作家も素材と向き合う中で独自の表現を獲得できるだろう。ただし、音楽は共通の音律や和声法など理論体系が整えられてきた一方で、美術においては一つの体系に収斂することは少なく、むしろ時代や流派ごとに多様な理論が存在してきた。だからこそ要素という視点を導入することで、その自由の中に普遍的な構造を探ることが可能であると考えている。
視覚芸術の普遍性への可能性
作品を制作しながら、次に検証すべき要素が見えてくる。そして、その痕跡が次の作品へとつながり、その先に普遍性の可能性を探る。 普遍性とは「すべてのものに通じ、誰にでも作用しうる性質」であり、視覚要素の配置や構成が、人間に共通した感覚を引き起こす可能性があると考える。芸術心理学の研究者アルンハイムはこう述べている。「形、大きさ、色などの静的性質とおなじように、このような力動的側面はどんな視覚体験にも、内面的に直接ついてくる。※2」このことは、視覚芸術における要素の配置や構成が直感的に作用し、時代や文化を超えて人間に共通した感覚を生み出す可能性を示唆している。作品の構造やそこから得られる体感を探ることは、長期的な検証の連続であると同時に、その時点での一つの到達点でもある。過去の作品やそこに基づく経験を信頼し、それらを未来の自分へとバトンのように手渡していく。そのような制作を通して「普遍的な作品とは何なのか」その問いに向き合い続けている。
※1「点と線から面へ」ヴァシリー・カンディンスキー著、p15、筑摩書房
※2「美術と視覚 美の創造の心理学 下」アルンハイム著、波多野完治・関計雄訳、p531、美術
2025.10.01