制作の出発点と知覚

 作品表現を「知覚体験を成り立たせるもの」として捉えている。ここでの「知覚」とは視覚情報を単純に認識することではなく、質感の重なりや色彩の揺らぎ、線の方向性などがもたらす画面全体の情報を感覚的に捉える働きを指している。これは感情や意味の解釈以前に生じる、より根源的な感覚の働きである。それを探求するために、制作における知覚を成立させる軸として「質感・色彩・線」を主要な要素として扱っている。これら要素はモチーフや物語を示すものではなく、画面上で相互に関係し合うことで知覚的な現象を生み出す働きをもつ。

要素間の関係:質感・色・線

 「質感」は最も直接的に知覚に働きかける要素であり、物質である。絵具の厚みや身体的な圧力によって形成される表面、光によって生じる表面の変化は、物質として普遍性や実在性を持っている。一方で「色彩」は光の現象とも言える。見る環境や鑑賞者の変化によって常に揺らぎ、主観的で変容的な側面を持っている。そして、それらを形成するなかで自ずと浮かび上がるものが「線」である。身体的な運動や素材の塑性から生まれ、色彩の差異とも結びつきながら画面に流動性を与える。これら三要素を、作品を構成し知覚を成り立たせる基礎的な単位と捉えている。

方法論

知覚に作用する構造を探るために、制作方法を三つに分けている。(1)単一の要素だけを扱い、その働きを純粋に観察する方法。(2)少数の要素を組み合わせ、相互作用による知覚の変化を検証する方法。(3)偶発性など作家の意図から離れた条件を土台とし、複数の要素を重ねながら関係性の流れを捉える方法である。いずれの方法も、要素それぞれの独立した働きと、共存したときに生じる知覚的な構造を明らかにするために用いている。

素材としての油彩

 使用する素材に油彩を選んでいるのは、質感や色彩の層の厚みが視覚的に明瞭かつ繊細に現れ、要素の関係性をより具体的に観察できるためである。油彩絵具は、重ねた層の透過や反射の表面の変化などを通して、視覚情報に多層的な奥行きを与える。これらの変化は知覚の働きを検証する上で重要であり、現在の探究において最も適した素材であると考えている。また、各作品にはその大きさに応じた「情報容量」があると考えている。あえて情報量を抑えることで、鑑賞者や環境による補完を促し、その欠如を含む構成が知覚の変容性を生む。この現象が、普遍性へと接続する手がかりになると考えている。

制作の継続性と目的

 制作は知覚がどのように成立するかを探るための継続的な実践である。作品は分析の結果にとどまらず、人の感覚に直接働きかける表現として存在している。芸術心理学者アルンハイムは「形、大きさ、色などの静的性質とおなじように、このような力動的側面はどんな視覚体験にも、内面的に直接ついてくる。※1」と述べている。質感・色彩・線が互いに関係し合いながら知覚体験を成り立たせる構造を明らかにすることを目指しつつ、その実践の積み重ねが、人の知覚に共通する普遍性へ近づく手がかりになると考えている。

※1「美術と視覚 美の創造の心理学 下」アルンハイム著、波多野完治・関計雄訳、p531、美術出版社

 2025.11