制作の出発点と知覚

表現を「知覚体験を構成するもの」として捉えている。ここでの「知覚」とは視覚情報を認識するだけではなく、質感の重なりや色彩の揺らぎ、線の長短や方向性などがもたらす画面全体の情報を、感情や意味ではなく感覚的に受け取ることを指す。制作では知覚を成立させる軸として「質感・色彩・線」を主要な要素として扱っている。これら要素は画面上で相互に関係し合うことで知覚的な現象を生み出す。そして画面上で行っている要素の構成は、作品を置いた時点で空間にも連続されている。

要素間の関係:質感・色・線

「質感」は物質としての面が強く現れ、最も直接的に知覚に働きかける要素である。絵具の厚みや身体的な圧力で形成される表面、光による表面の変化は、物質として触覚的に迫る。一方で「色彩」は光の現象とも言える。見る環境や鑑賞者の変化で揺らぎ、主観的で変容的な側面を持つ。そして、それらを形成するなかで自ずと「線」が浮かび、画面に流動性を与える。これら要素は作品を構成し、知覚を成り立たせる基礎的な単位であり、展示空間はそれらが作用する回路と捉えている。

方法論

知覚に作用する構造を探るうえで、制作を油彩による作品制作と、それらの作品を素材として扱う空間構成という二段階で捉えている。空間は作品を配置するための場ではなく、画面で生じた関係を鑑賞者の身体を含む環境へと広げる媒体である。更に作品制作では制作方法を目的に合わせて使い分けている。単一の要素を扱う場合は、質感・色彩・線といった要素のうち一つに焦点を当て、それが画面上でどのように働くかを観察し、知覚の起点を探る。少数の要素を組み合わせる場合は、相互作用によってどのような知覚の変化が生じるかを探る。偶発性を土台とする場合は作家の意図から離れた条件を設定し、そこに複数の要素を重ねていく。偶然生じる関係や流れのなかから、複合的な知覚と構成について検証する。これらは質感や色彩、線や層の関係を調整し、それぞれの要素が画面に必然的に働く状態を探る。

媒体としての油彩

素材には油彩を用いている。油彩は乾燥に時間がかかり、重力や流動性の影響を受けるため、作家の操作だけでは形が決まらない。そこには素材自身の性質が介入する。制作は描くというよりも、油彩の動きや抵抗とともに生み出す行為に近い。重ねることで生じる厚みや滲み、沈み込みなどの自律的な形状のなかから、質感・色彩・線の働きが次第に見えてくる。この性質が、知覚の構造を探ることにおいて不可欠だと感じている。知覚は一個人のものであると同時に個々に差異を持つ。しかし、知覚を成り立たせる構造が人間の知覚に一定の作用を及ぼす可能性を考えている。だからこそ、まずは自身の感覚を起点として徹底的に探る。そして展示という場において、その構造が他者の知覚にどのような現象を生み出すのかを確かめる。制作と展示は、その往復によって知覚の構造を検証する過程でもある。

制作の継続性と目的

作品や展示は単純な分析の結果ではなく、人の感覚に直接働きかける表現として存在している。芸術心理学者アルンハイムはこう述べている。「形、大きさ、色などの静的性質とおなじように、このような力動的側面はどんな視覚体験にも、内面的に直接ついてくる。※1」この指摘は、知覚が単なる主観的印象ではなく、構造として働くものであることを示している。そして、それは固定されたものではなく、身体や環境との関係のなかで変容し続ける。質感・色彩・線といった要素が互いに関係し、知覚体験を成立させる構造を問いながらも、制作と展示はその構造が他者の知覚にどのように作用し得るのかを確かめる行為である。

※1「美術と視覚 美の創造の心理学 下」アルンハイム著、波多野完治・関計雄訳、p531、美術出版社

 2026.02