作品は「質感・色彩・線」の要素によって構成されていると考えている。各要素のバリエーションやグラデーションが印象に変化を生み、相互に作用して表現に複雑さや多様さが生まれる。これらの変化を「要素」と捉え、それを深く理解し発展させることが制作の根幹となっている。視覚要素の構造を探求することで、普遍的な表現を持つ作品の可能性を模索している。

美術と音楽の比較

 美術と同様に、音楽においても要素の理解は表現の軸となると考えている。音楽は音程・リズム・ハーモニーの要素の組み合わせによって作られ、例えば同じメロディーでもリズムが変われば軽快にも重厚にもなる。だからこそ、絶対音楽という詩や物語など音楽外の要素に依存せず、形式構築によって成立する考えがある。また、クラシック音楽の演奏経験から、作家の思想や感情、あるいは視覚的・概念的なイメージを積極的に作品に与えなくても、無意識のうちに表現が生まれると考えている。朗読者が原稿を変えずに抑揚や声色で表現するように、演奏者が作曲家の楽譜に忠実でありながらも演奏に表現が生まれる。ただし、演奏者と美術作家の役割は異なり、演奏者は朗読者のような立場だが、美術作家は朗読者でありながら著者でもあり、クラシック音楽には言語のように一定の共通認識があるが、美術はルールが曖昧で自由度が高いという違いもある。その自由の中で「要素」という考えを取り入れ、視覚表現における普遍性を探求している。

作品の要素という考え方

 クラシック音楽は要素の組み合わせにより、時代や文化を超えて人間の感情や感覚に強く働きかけてきた。これは、音楽の普遍的な力とも言えるだろう。美術においても、要素の追求は直感的に作用し、時代や文化の背景を超える可能性をもつと考えた。このように「要素」という基本構造が視覚芸術において重要であり、カンディンスキーもその指摘をしている。 「芸術の要素とは、作品を構成する基本的な素材であり、すべての芸術において異なるものである。まず他の要素の中から、これがなければ芸術が成り立たない基本要素を区別しなければならない。※1」 そういったことからも、視覚における「質感・色彩・線」それぞれが持つ機能への深い理解が重要だと考えている。 質感は絵具の種類や厚み、道具による陰影の違いが表れる。色彩は色の組み合わせや絵具の透明度の違いによって光を透過する層と遮る層に奥行きの変化が生まれる。線は変化(太さ・長さ・直線・曲線・密度)の違いが画面の印象を変える。これらの変化一つ一つを「要素」と呼んでいる。 

具体的な作品制作

 現在、作品制作は主に二つの方法で行っている。どちらもドローイングは行わない。ドローイングをすると、それに沿って制作する感覚が生まれてしまい、作家の主体性が強調されると感じるためである。制作方法の一つ目は、以前の作品の要素を分解・再構築しながら応用して制作する方法である。この方法は各要素のバリエーションやグラデーションの検証、要素同士の相互関係の研究が目的で、小品の制作が多い。二つ目は、直感的な要素の積み重ねを出発点に、多くの要素を構成する方法である。まずは構成を意識せず絵具を重ねる、もしくはあらかじめ法則を決め(例:直線を描き、端に達したら右に曲げるなど)、そのルールに従って構図の土台を作り、さらに要素を重ねていく。この方法は、さらなる総合的な要素の相互関係を探求する方法で、大作の制作が多い。これらの過程では、作品を構成する要素とその関係性が重要だ。そのため、題名は視覚的・概念的イメージではなく、制作過程や構成要素に焦点を当てている。具体的には、意識的に使った色や形、あるいは構成要素の組み合わせを数式や言語で説明している。これは、作品の表現を支える要素の関係性や構造を明示し、作家の作品に対する姿勢を反映している。

視覚芸術の普遍性への可能性

 作品を制作しながら、次に検証すべき要素が見えてくる。そして、その痕跡が次の作品へとつながり、その先に普遍性の可能性を探る。普遍性とは「すべてのものに通じる性質、すべての物事に適合する実態」であり、視覚要素の配置や構成が、人間に共通した感覚を引き起こす可能性があると考える。芸術心理学の研究者アルンハイムはこう述べている。「形、大きさ、色などの静的性質とおなじように、このような力動的側面はどんな視覚体験にも、内面的に直接ついてくる。※2」このことは、視覚芸術における要素の配置や構成が直感的に作用し、時代や文化を超えて人間に共通した感覚を生み出す可能性を示唆している。制作を通して「普遍的な作品とは何なのか」その問いに向き合い続けていきたい。

※1「点と線から面へ」ヴァシリー・カンディンスキー著、p15、筑摩書房

※2「美術と視覚 美の創造の心理学 下」アルンハイム著、波多野完治・関計雄訳、p531、美術出版社

 

 2025.03.10